「ボーイ・ガール・ボーイ」


 終業を告げるチャイムが鳴り、皆バラバラと教室を出て行く。
 カバンを手に、仲のよい数人の女子生徒と共に教室を出て帰宅の途につく。
 ブラスバンドの部活は今日は休み。久しぶりに時間がぽっかりと空いた日。
 他愛ない話に花を咲かせながら通学路を歩く。
 側を通り抜ける男子生徒が何事かからかってきたようだが気にしない。
 男なんて所詮そういう"イキモノ"なのだから。
 女子生徒と別れ一人になると、自然と歩幅は拡がっていく。
 むずがゆい様な感触を我慢しながら自宅の門をくぐり、「ただいま」の声もそこそこに自分の部屋へと向かう。
 部屋に入ると即座に詰襟の制服を脱ぎ捨てる。こんな落ち着かない物を着て喜んでいるなんて、男という"イキモノ"は全く理解できない。
 クローゼットの扉を開ける。並んでいる洋服は全てかわいらしい女物ばかり。
 今日はどの洋服にしようかな。しばらく悩んでお気に入りのワンピースを手に取る。
 春物だけど今日は温かいから平気かな。
 ワンピースに身を包んだ小柄でしなやかな体を鏡に映す。少しうっとり。
 それから思い直したように、引き出しから茶髪のウイッグを取り出して短くカットされた髪の毛に乗せる。
 肩まで降りた軽いウエーブの掛かった茶髪のウイッグは理想の髪型。
 "男子の髪型は眉・耳・襟に掛からないこと"などという時代錯誤の校則を何度恨めしく思っただろう。
 鏡に映る姿は外でかぶり続ける皮を外した本来の姿。"僕"から"私"に戻った瞬間。
 こんな風に自分を偽り続けるようになったのはいつからの事だろう。
 四人姉弟の末っ子で上には姉ばかり三人という環境。
 生まれて何年もしないうちに父親が亡くなり、物心ついた頃には家族は母親と三人の姉だけ。
 女性ばかりに囲まれて育ち、遊びに来るのは姉の友達の女の子ばかり。
 親戚も女系でいとこ内で男は自分一人。自分の回りは常に女性ばかり。
 そんな環境で育つうちに、自分の中にあった"男"という概念は少しずつ薄れ、やがて消えていった。
 気がつけばよく話すのも、遊ぶのもほとんどが女の子。
 自分の中で自分は"女"になっていた。
 しかし、社会はそれを許してはくれない。
 だから、外では偽りのヴェールをかぶらなければならない。
 自分の中から消え去ってしまった"男"を演じなければならない。
 しかし、思春期の繊細な心は徐々に偽る事に耐え切れなくなっていく。
 ついにその矛盾にも似た葛藤を抑えきれなくなり、病院の門を叩いた。
 心療科の医者はただ一言病名を告げるだけ。
 "性同一性障害"―その一言だけで片付けないでほしい。
 たった六文字のその"言葉"で自分たちがどれだけ苦しんできたか。貴方にはそれが理解できるのか。
 そう問いたかった。―でもできなかった。
 言ったって無駄。その場しのぎのなあなあな答えしか返ってこないに決まってる。
 この苦しみを、気持ちを理解できるのは同じ立場にいる人間だけなのだから。
 その機械的な通院の中で一人の"男性"と出逢った。
 "彼"は幼い頃両親が離婚し、父親に引き取られて育てられた"男性"。
 彼の父親は男の子を欲していたため、"彼"を男として育てた。
 そして"彼"の精神からは"女"の概念が消え、"彼"は"私"から"俺"になった。
 立場や境遇は違えど、同じ"物"を抱える二人。
 いつしか"私"は"彼"に魅かれるようになった。
 どんな男性よりも"男"を感じる"彼"。
 世の中で男と呼ばれるイキモノなんかよりよっぽど大人な"彼"。
 "彼"といる時、本当の自分をさらけ出すことができる。
 外の世界から離れて一人になった時以外で、唯一ありのままの自分でいられる時。
 だけど世間は、"私"達が"私"達でいる事を許してはくれない。
 "社会"という枠から外れた"私"達は"社会"にとっては"適合できない異物"でしかない。
 世界は少しずつ"私"達の存在を認めるそぶりを見せている。
 だけどそれはまだ偽り、うわべだけの態度に過ぎない。
 世間の目は、相変わらず"私"たちに対して冷淡な視線を浴びせるだけ。
 "私"達が"社会"の枠組みの一部として組み込まれることが許される日は来るのだろうか。
 うわべや社交辞令でなく、真に"社会"の一員として認められる日が。
 たった六文字の病名と言うレッテルを貼られた異物ではなく、一人の人格を持った人間として認められる日が。
 そんな事を考えながら、"私"と"彼"は今はるか眼下に広がる"自由"を見つめている。
 "私"と"彼"は今からその"自由"に向けて旅立とうとしている。
 何度も話し合って決めた道。何度も話し合って決めた結末。
 後悔はしない。自分や家族や境遇を恨んでもいない。"社会"がどうとか、もう関係ない。
 あり合わせで作った白い衣装(ドレス)に身を包んだ"私"。そして白い紳衣(スーツ)に身を包んだ"彼"。
 お互いの手には手作りの粗末なリング。針金を輪にしただけの簡素なリング。
 その手はしっかりとお互いを握り、やがて静かに二人は抱き合う。
 家族には申し訳ないと思う。謝っても謝りきれないと思う。
 だけどこれが二人で出した結論。二人で決めた最後の選択。
 その先に待つ"自由の世界"で結ばれ"私"達の幸せを手にいれよう。
 そう誓い合い、"私"と"彼"は"自由"へ向けて身を躍らせた。

 これはボーイがガールで、ガールがボーイ。
 そんな二人の、悲しい悲しい物語。
 あなたはこの二人に何を感じましたか?
 最後に"彼女"の残した言葉を記します。
『"私"達に同情をしないでください。同情なんていりません。その代わり、"私"達に"社会"の中の居場所をください。"私"達が"私"達でいる事を許してください。それ以外は何もいりません。ただそれだけが"私"達の望みです』


Written by 佐倉信輔


<あとがき>
 「姓同一性障害」というちょっとヘヴィなテーマで書いた作品です。
 最後はありえない悲劇になっていますが、ちょっと考えてみていただけるとよいかと思います。


目次に戻る