2300HIT記念SS 「落つる水のごとく……」


 ぼんやりと空を見上げている。
 ただぼんやりと空を見上げている
 ボクは今何をしているのだろう。
 ボクは今何処にいるのだろう。
 わからない――。何も分からない。ただ分かっているのはボクがここにいるということだけ。
 気がつくと、また同じ疑問がボクの頭の中を駆け巡る。
 ボクは今何をしているのだろう。
 ボクは今何処にいるのだろう。
 わからない――。わからない――。

「エスペランド」
 どこかで声がする。温かな声――どこかで聞いた声――。
「エスペランド」
 もう一度呼びかける声に反応し、静かに目を開く。
 まぶしい光が瞳の奥まで差し込んできて、思わず顔をしかめる。
 ようやく慣れてきた視界の中に、美しいエメラルド色の瞳を揺らした女の人の顔が現れる。
 栗色の髪が風に揺れてふわりと舞い上がる。
「そろそろ帰りましょう、エスペランド」
 なぜこの人の声はこんなにも美しいんだろう。
 なぜこの人の声を聞くと、優しい気持ちになるのだろう。
「帰りましょう」
 女の人がもう一度そう呼びかけてくる。
「はい、ママ」
 そう答えて、ゆっくりと立ち上がる。
 その脇に白い腕が伸びて、ボクの身体を支えあげる。
 足元を確かめて、そっと身体を伸ばし、両の脚を踏ん張る。
 彼女の腕の感触が伝わってくる。
 なぜママの身体はこんなにも温かいのだろう。
 なぜママの腕の中にいると、こんなにも安心できるのだろう。
 太陽は空の上で輝いている。何事もなく輝いている。
 目を閉じる前とほとんど位置は変わっていない。いや、ほんの僅か動いただろうか。
 なぜボクの周りの時の流れは、こんなにも緩やかなのだろう。
 なぜボクの時は焦っているかのように駆け足で流れていくのだろう。

 ボクがこの世界に存在してから、ボクの周りでは8年の時が流れている。
 緩やかに、緩やかに流れている。
 ボクがこの世界に存在してから、ボクの時は80年余りを刻んでいる。
 駆け足で、急ぎ流れている。
 なぜ時の流れにこんなにも差があるのだろう。
 同じようにこの世に在るはずなのに。
 手も足も目も耳も、時の流れを刻みともし火をすり減らしている。
 ボクの周りの時の流れが砂時計なら、ボクの時は手のひらから、指の間から零れ落ちる水。
 とどまることとを拒み、染み出し、はかなく流れて落ちて、そして消える。
『“エスペランド”は“希望”という意味なのよ』
 とママは言った。
 ボクの進む先に“希望”はあるのだろうか。
 ボクは誰かの“希望”になっているのだろうか。
 わからない――。わからない――。
 だけどボクは生きる。ボクの時を生きる。
 手のひらから、指の間からこぼれ落ちる水の最後の一雫(しずく)まで。


Written by 佐倉信輔


<あとがき>
2300HIT記念のリクSSです。
なんだかよく分からない作品になってしまった気がしますが。(汗)
一応解説しておくと、主人公は“プロジェリア”という特異な難病を持つ8歳の男の子です。
エスペランドという名前は、スペイン語で“希望”を意味する“エスペランザ(esperanza)”から取りました。
えっと、それで“プロジェリア”という病気がどういうものかというと……。
放すと長くなるので検索してみてくださいね。(ぉ
“プロジェリア”で検索すれば出てくると思いますので。
“アシュリー”で検索すれば実際にこの病気と戦っている少女の事を知る事ができます。
参考までに。(ぁ


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