第五章 より読みやすくするために 〜応用編〜


 小説を書く上での基本事項を学び、それらしい物が書けるようになってきたものと思います。
 ですが、基本事項だけでは新に面白く読みやすい小説を書く事はできません。
 そこでこの章では、さらに小説をよいものにしていくための応用テクニックを勉強していきたいと思います。


起承転結

 “起承転結”、読み方は“きしょうてんけつ”
 これは物語の構成の基本を表した四字熟語です。
 元々は漢詩の書き方を表した物なのですが、ストーリーを組む上での基本としても用いられます。

  起……物事の始め。きっかけ。
  承……“起”を受けて“転”へつなぐ文章。伏線、筋道。
  転……物語の大きな展開。クライマックス。ヤマ。
  結……物語のラスト。シメ。オチ。


 それぞれの文字の意味を大まかに説明するとこんな感じになります。
 ストーリーを大きくこの四つのブロックに別れるように構成していくのが、基本の構成となります。
 特に“転”の部分は、読者をアッと言わせたり予想外の展開を見せるための最も重要な部分です。
 逆に言えばこの“転”の部分のつくりが物語のよしあしを決めるといっても過言ではありません。
 例えば下の例1の文章を見てください。

<例1>
 あるところに一匹のウサギがいました。
 ウサギは野原を歩いていました。
 するといきなり足元が崩れ、ウサギは穴の中に落っこちてしまいました。
 落ちた先は親友のモグラ君が用意した、ウサギのバースデイパーティの会場でした。

 行ごとに“起承転結”に分けて書いてあります。
 一行目は“起”。話の書き出しとして主役であるウサギを登場させています。
 二行目は“承”。“転”へむけて、“起”で登場したウサギを動かしています。
 三行目は“転”。足元の穴に落ちる、という出来事でストーリーを大きく展開させます。
 四行目は“結”。この場合、物語に“落ちた先はバースデイパーティ会場”というオチをつけて物語を締めています。
 このようにどんなに短い、または長いストーリーでもこの四つのブロックに分けてストーリーを構成する事で、物語の流れが明快になり読み手にも理解しやすくなります。


回想シーンの使い方

 漫画などではストーリーの要所要所で回想シーンをはさんでいる物をよく目にします。
 漫画やアニメの場合、絵とセリフでストーリーを展開させていくため要所で回想シーンをはさむ事でよりストーリーに含みを持たせる事ができます。
 では、小説の場合はどうでしょう。
 小説の場合は文字のみでストリーを展開させていきます。
 情景や感情の描写・説明等全てを文字で行わなければならず、そのイメージは読み手側に依存する形になります。
 そこに回想シーンを度々はさむと、どうでしょう。展開しているシーンが中断し、物語の展開がわかりづらくなってしまいます。
 特に前述の“転”、つまりクライマックスにあたるシーンで回想が挟まると、せっかくのクライマックスに水をさしてしまう事もあります。
 そのため、基本的に小説で回想シーンを使うことはタブーとされています。
 使う場合でも物語の冒頭等、ストーリーにあまり影響を及ぼさない程度に抑えるようにした方がいいでしょう。


視点移動は禁物

<例2>
太郎は辺りを見回した。しかし森の木々が邪魔をしてよく見えない。
太郎は困ったような顔で、ジローの方を見つめてきた。
  ジローはやれやれ、と首をすくめた。あいかわらず仕方のない奴だよ、お前は。
鼻をヒクつかせながらあたりの匂いを嗅ぎ回るジローを、太郎は申し訳なさそうに見つめていた。

 物語には“視点”という概念が存在します。これは主人公が一人称か三人称に関係なく必ず存在する物です(主人公の一人称・三人称については下の方で説明しています)。
 視点はたいていの場合主人公から見た視点で書き進めていきます。
 そして、この視点は物語中で変更してはいけません
 例2のように視点がいきなり変わってしまうと読み手が混乱してしまい、読みにくい小説になってしまうからです。
 それを踏まえ、例2を視点を変えないように修正してみましょう。

<例2(修正済)>
太郎は辺りを見回した。しかし森の木々が邪魔をしてよく見えない。
太郎は困ったような顔で、ジローの方を見た。
  あいかわらず仕方のない奴だよ、とでも言いたげな表情でジローは首をすくめるようなしぐさをして見せた。
鼻をヒクつかせながらあたりの匂いを嗅ぎ回るジローの姿を、太郎は申し訳なさそうに見つめていた。

 修正前と比べて文章が自然な感じになりました。
 ただし、シーンによっては視点を変えたほうがわかりやすく場合もあります。
 その場合もシーンの変更に合わせて視点を変えるようにし、シーン途中で視点を変える事のないよう注意しましょう。


漢字や表現を工夫する

<例3>
 濃霧立ち込める黒い森の深淵へと誘われる二人。
 木々は鬱葱と繁り、それを取り巻き暗緑の苔が朧に蔓延っている。
 まるで無間の闇を纏う帳を廻らせたかの様に森は闇を纏い、二人を手招きしている。
 闇で黒く染まった木々は、今にもその枝葉を振り伸ばして二人を懐中に捕り自らの臓腑に収めんとしている様にさえ見える。

 次に例3を読んでみてください。
 多分読めなかったり意味の理解できなかった人が多いと思います。
 ちなみに文中の難読漢字の読みはそれぞれ、深淵=“しんえん”、鬱葱=“うっそう”、朧=“おぼろ”、蔓延って=“はびこって”、纏う=“まとう”、帳=“とばり”、臓腑=“ぞうふ”です。
 小説をパソコンで執筆していると、知らない漢字であってもパソコンが勝手に漢字に変換してくれます。
 しかしいくら変換してくれても、それを読み手側が読めなければ何の意味もありません。
 まさかいちいち辞書を引いて調べる、なんて物好きはそうはいないはずですしね。
 表現方法についてもそうです。
 難しい慣用句や言葉を並べても、読みでが理解できなければ意味がありません。
 読み手が文章からその情景やストーリーをイメージできてこその小説です。
 漢字や表現は読み手に理解できるようにセレクトして使っていかなければなりません
 それを踏まえて、例3を修正してみたいと思います。

<例3(修正済)>
 深い霧の立ち込める森の奥深くへ二人は分け入っていく。
 うっそうとしげった木々の周りは、ところどころを緑色の苔が覆っている。
 森はまるで、巨大な闇のカーテンを揺らして二人を手招きしているようだった。
 薄暗い闇に包まれた木々は、いまにも二人に襲い掛かり自らの養分にしようとしているかのように見えた。
 漢字や表現は、その小説を読む側がどのような層である事を想定しているかで、どの程度使用するかを決めるといいでしょう。
 例えば大人の人を対象としているなら多少難しい漢字や表現でも大丈夫ですし、逆に小さい子供が対象なら漢字や難しい表現は極力抑える必要があります。
 とりあえず、最低でも自分で辞書無しでは分からない漢字や表現は使わないことをお勧めします。


描写をうまく使う

<例4>
 太郎は村長の家に行った。
 太郎は家の扉をノックした。
 中から村長が現れた。
 太郎は家の中へ招かれた。

 上の例4を読んで何か気づいた事はありますか?
 おそらく、例4の文章はとても単調な感じがすると思います。
 文字だけでストーリーを伝える小説では、例4のような最低限の記述では読み手が情景や感情をイメージできず、ストーリー自体を単調に感じてしまいます。
 文字だけで読み手に全体をイメージさせるには、最低限のストーリーだけでなくその周辺の情景や感情を描写しなくてはいけません。
 例えば例4なら、家の回りの情景や村長の様子・表情等の描写を加える事で読み手にシーン全体の情景や状況をイメージさせやすくなります。

<例4(修正済)>
 太郎は何のようなのだろうか、と考えながら村長の家に向かった。
 村長の家は村の高台にある、村中でも一番立派な屋敷だ。
 太郎は村長の家の前につくと、木目がそのまま美しいデザインとなっている大きな扉をノックした。
 しばらくして扉が開き、長いあごひげをたくわえた村長が顔を出した。
 高齢のせいで腰は曲がっており髪の毛も寂しい限りの惨状だが、眼力にはいささかの衰えも無く相変わらずかくしゃくとしている。
 太郎は村長に促され家の中へ入った。
 このように描写を加える事で、より情景をイメージしやすくなります。
 ただし、あまり描写に文字数を費やしすぎるとストーリーがぼやけてしまい、だらだらとした印象になってしまいます。
 ストーリー全体のバランスを考えつつ、適度な頻度ではさんでいくようにするのがコツです。


句読点で印象を変える

<例5>
 ジローは、くるっと身体をひねって回転し、地面に着地する。と、すぐに後ろ足で地面を蹴って、ワルーに飛びかかった。
 ワルーは、ひらりと身をかわした。そして、手にした金棒を、思い切り振り下ろした。
 ジローはくるっと身体をひねって回転し、地面に着地するとすぐに後ろ足で地面を蹴ってワルーに飛びかかった。
 ワルーはひらりと身をかわした。そして、手にした金棒を思い切り振り下ろした。

 例5の二つの文章を見比べて見てください。
 全く同じ文章ですが、少し印象が違って見えると思います。
 よく見ると分かると思いますが、二つの文章では句読点の位置や数を変えてあります。
 同じ文章でも句読点の数や位置を変える事で、その文章から感じる印象が大きく変わります。
 具体的には、句読点が多ければコミカルな、少なければシリアスな印象を受けるようになります
 コミカルで軽い印象を持たせたい場合は句読点を少し多めに、逆にシリアスで重い印象を持たせたい場合は少なめにするといいでしょう。
 ただし、句読点が極端に多すぎたり少なすぎたりすると読みづらくなってしまうので注意が必要です。


常体調と敬体調

<例6>
 太郎はしぶしぶながら森に向かう事にしました。
 しかし、一人では心細かったので犬のジローをつれていくことにした。
 森の入り口で太郎は足を止めました。
 目の前の森を見て、太郎は思わず息をのんだ。

 常体調(じょうたいちょう)敬体調(けいたいちょう)は小説を書くときの二つの表記方法です。
 常体調は“〜だ。”・“〜だった。”など普通の調子で書く方法、敬体調は“〜です。”・“〜ました”などていねいな調子で書く方法です。
 常体調は一般的な小説、敬体調は絵本や子供向けの本でよく使われます。
 これは敬体調のほうが柔らかく優しい印象を受けるからです。
 必ずどっちを使わなければいけない、という規定はありませんので自分の好きなほうの調子で書いてかまいません。
 ただし、一つの小説は同じ調子で統一しなければいけません
 例5のように常体調と敬体調が混ざってしまうと読みづらくなってしまうからです。
 書いているうちに調子が混ざってしまわないように気をつけましょう。

<例6(修正済)>
 太郎はしぶしぶながら森に向かう事にしました。
 しかし、一人では心細かったので犬のジローをつれていくことにしました。
 森の入り口で太郎は足を止めました。
 目の前の森を見て、太郎はおもわず息をのみました。
 太郎はしぶしぶながら森に向かう事にした。
 しかし、一人では心細かったので犬のジローをつれていくことにした。
 森の入り口で太郎は足を止めた。
 目の前の森を見て、太郎は思わず息をのんだ。
 どちらを使うかは書き手次第ですが、一般的な印象としてシリアスな物や重い雰囲気のストーリーを書く時は常体調の方がいいような気がします。
 ストーリーで出したい雰囲気によって調子を決めるのも一つのテクニックです。
 ちなみにこの常体調と敬体調の概念は日本語の小説にのみ存在します。
 英語をはじめとする他の国の言語には日本語ほど細かい敬体表現は存在しないですからね。−w−


一人称と三人称

 小説で主人公を表す場合に、一人称を使う方法と三人称を使う方法があります。
 一人称は主点をその主人公におき、主人公が小説の内容を語っているように表記する方法、三人称は主人公を名前で表記し、書き手、または読み手を主点として表記する方法です。
 また、三人称では主人公が不在のシーンでも書き表せるというメリットがあるため、世に存在する小説の大部分は三人称で表記されている場合が多いです。
 よって、特に意識しない場合は三人称で書けばいいでしょう。
 特に主人公を中心としてストーリーを展開させたい場合は一人称を使えばOKです。
 ただし、一人称だと常にシーン中に主人公が存在していなければならないため、多少ストーリーや表現の幅が狭くなってしまうので注意してください。
 まずは三人称のストーリーをいくつか書いてみて、少し書き慣れてきたら一人称のストーリーにチャレンジしてみるといいでしょう。


 前章の基本編と、この章の応用編で上手に小説を書くためのコツはだいたい理解できたと思います。
 しかし、いくらよい文章が書けたとしてもそれを読んでもらえなければ意味がありません。
 というわけで次の章では、これらのテクニックを駆使して書いた文章をより多くの人に読んでもらうためのテクニックを解説していきたいと思います。
 


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